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2006年07月03日

アメリカ・シアトル第三回

アメリカ・シアトル第三回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


牡蠣養殖場

いよいよアメリカ西海岸ワシントン州の海に行くことにしたい。シアトルから120km北に向かったところにある、TAYLOR SHELLFISH FARMS会社の一つの養殖場、SAMISH BAYに行く。

FARMSに着くとマネージャーのJAMES HALL氏が大きな身体で迎えてくれる。事務所で話を聞くが、とても親切。隠し事をしない方針ということで何でも教えてくれる。
事務所は海と至近距離にある。その事務所の裏をガタゴトガタゴト大きな音を立てて、シアトルからカナダに行く列車が走っていく。貨物列車は見飽きるほど長い車両が繋がって走っていく。客車列車の本数は少なく、事務所の近くには駅がないので停まらない。したがって地元の人は利用していない。当然、無人踏切である。

潮の満ち干

TAYLOR社は1890年から養殖している。ワシントン州に12か所。メキシコ、カナダにもある。小さい養殖場から大きいところまでいろいろある。訪問したこのSHELLFISH FARMSは1700エーカーの広さ。大きいほうだ。
養殖には潮の満ち干が大事である。政府が発行するTIDE GUIDEを参考に作業する。今日の5月24日は9:59分に潮が最も干く。天気のよいときはさらによく干く。
西海岸の海はアメリカ・カナダ政府が所有し監視している。ワシントン州では海水の調査は州、貝類の中味調査は政府である。海水より海底の地面にカドニウム害、水銀害が多いので真剣に調べているらしい。このことはシアトルでインタビューした主婦も心配していたから、関心が高まっているのだろう。
この養殖場の貝類収穫量全体の65%は、アジア向けに輸出している。香港、東京、シンガポール。アサリ、みる貝など。牡蠣は香港が一番だ。輸出向け専門の販売会社をつくって輸出している。

パシフックオイスターのいわれ

マガキ牡蠣は第二次世界大戦までジャパニーズ牡蠣という名前だったが、それ以後パシフイックオイスターにしたという。この話は始めて聞いた。何故パシフイックオイスターと称しているのかが、ようやく分かった。日本からマガキを持ってきたときに、MANILA CLAMSという貝が一緒についてきて、この貝がアメリカでは人気で、この会社がMANILA CLAMS生産の全米一だという。
パシフイックオイスターの産卵はここで行っている。三倍体牡蠣であり、アメリカでは三倍体牡蠣が殆どだ。また、一年に一回だけお祭みたいな企画があって、このあたりに住んでいる一般の人に種牡蠣を売っている。これはビーチをもっている一般の人にもオイスターを普及させようとするものである。オイスターガーデンつくりだという。そうすると水に対して関心を持ち、水を綺麗にしようとする気持になるし、水を守る意識につながるからだという。
牡蠣養殖法は籠箱に稚貝を1250個入れ、600KGあるが、これをフォーリフトで海の中に置いて、それに浮きをつけて置く。牡蠣が大きくなってから、満潮のときに船で浮きを引っ張って陸に運んでくる方法である。

アメリカ人の食べ方

アメリカでのマーケットではカリフォルニアが大きいという。理由はアジア人が多いことだ。アジア人はよいものは買う。アメリカ人はバーベキューで夏に牡蠣を食べる。牡蠣の最悪の季節に食べる習慣がある。この習慣はよくないがアメリカ人は分かっていないと慨嘆する。
とにかく親切な説明で感激していると、その理由が分かった。マネージャーのJAMES HALL氏は、自宅に日本人の高校女子学生をホームスティさせていたことがある。その写真を見せてくれる。いつも持って歩いているらしい。今その日本の留学生はスエーデンの大学に行っていると、自分の子供のように自慢する。その子のおかげで日本贔屓になったらしい。一人一人の行動が大事で、国の評判はこうやって決まっていくのである。そのことが現場に接してみてよく分かる。

投稿者 kenkyuu : 2006年07月03日 05:21