2006年10月01日
チリ第一回
チリ第一回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄
チリの牡蠣事情を説明するには、チリの概況を知る必要がある。チリは日本から遠い国である。チリに行くにはアメリカのニューヨークかロスアンゼルス、ダラス、フロリダ等を経由していかねばならない。
日本からの直行便はない。成田からニューヨークまで約12時間30分、ここで乗り換えてチリ航空LAN、大体アメリカン航空AAと共同便が多いが、チリのサンティアゴまで約11時間50分、合計24時間20分が機上での時間。乗り換えに要する時間を考えると27から31時間かかる。
ジョン・F・ケネディ空港
今回はニューヨークで一日滞在し、翌日再びジョン・F・ケネディ空港に向かった。日本で手配したチケットでは、ニューヨークからチリまでアメリカン航空AAとなっているので、成田からのJAL機内で客室乗務員に確認したところ、AAはジョン・F・ケネディ空港の9番ターミナルということだった。そこでマンハッタンから車で9番に行くと、と言ってもこの空港は複雑で、なかなか難しい経路で9番ターミナルに到着し、チリ行きエアフライトナンバーを表示板から探したがない。表示されていない。これはどうしたのか。手許のチケットとフライト表示板を何回見つめなおしてみても、画面にない。それに人もいやに少ない。その少ない中からAAに関係していると思われる人物に聞いて尋ねて見ると、それはLANだと言う。LANチリ航空に行けと言う。ターミナルは4番だと言う。これには驚いた。まだ時間は2時間以上あったので、時間的には問題ないが、チケットのエアライン表示と空港の表示が違っているのだ。後で考えたら共同運航便なので、知っている人は皆4番に行くのだが、こちらは始めてで知らない。4番に行くには、車で改めて空港内をぐるりと、つまり、先ほど通った9番ターミナルに行くときに通ったところを経由して、ようやく4番に着いた。
LANチリ航空
確かに4番ターミナルに入っていくとLANチリ航空があり、サンティアゴ行きのエァ便が表示されている。ホッとする。周りを見回すと、乗客の顔ぶれがAAを利用する人と一変している。顔つきが違う。ペルー人が一杯。途中にペルーのリマを経由していくためだ。ペルー人の荷物はすごい。大きな布袋をひとりで三つも持って、それに加えて手荷物バック。ニューヨークから久し振りに帰るので、お土産がすごいのだろう。親戚兄弟へのお土産が多いのだ。すごいなぁと呆然と見ていると、もっと驚いたことが発生した。ペルー人の女性がチェックインしたはずの機内預けの大きな袋、それをまた手押し車に戻して積んでいる。どうなっていのだ。機内に預かってくれないのか。おかしい。見ていると他の人たちも同様である。この理由が、ようやく自分の手続き順番が来て分かった。機内預け荷物はゲートに入る直前に検査受け、それから機内に運ばれるのだということが。更に驚いたのは座席指定が出来ない。通路側にしてくれと申し入れたら、ゲートだ、という答え。ウーン、いろいろ日本とは異なる。だが、こんなことで驚いてはいけない。とにかくチリまで行くことが目的だから、LANの言うとおりにしてゲートに向かった。
ゲートで待っていると乗り入れ案内アナウンスがあった。最初はスペイン語。何だか分からない。次に英語。もう既にペルーとチリになっている。普通はその国の言葉から始めるものだ。つまり、英語のアナウンスからだ。ようやくゲートカウンターで座席指定してもらう。ところがリマまでと、リマからサンティアゴまでの座席が異なっている。一枚のチケットに二つの座席が書かれている。手書きで!!。
サンティアゴ
無事定刻に出発した。途中リマで約一時間駐機し、ドヤドヤと降りたペルー人の後に、どっとチリ人が乗り込んで満員。どうやらヨーロッパからチリに行く人たちらしい。ここから三時間でようやくサンティアゴのアルトゥロ・メリノ・ベニステ空港に到着した。ここは2001年に完成した近代的空港である。さて、この新空港から表に出て見てビックリした。眼を東側に向けると、白く高く連なる山並みが街を見おろしている。素晴らしい。一瞬疲れを忘れさせる。アンデス山脈である。サンティアゴは人口550万人の大都市でありながら、南北アメリカ大陸最高峰のアコンカグア(6960m)を含む、アンデス山脈が街の中心から80KMという近さに聳え連なっている。特に今は冬、それが白銀に覆われている。その姿はヨーロッパのスイスに来たと勘違いさせるほどの美しさだ。
いよいよこのサンティアゴから牡蠣の実態調査に向かったが、長時間の旅のためここでいったん休みとしたい。
投稿者 kenkyuu : 2006年10月01日 12:33
