2007年02月22日

チリ 第五回

チリ 第五回
牡蠣の流通状況

世界牡蠣研究家 山本紀久雄


(チンキウエ公社)

今日はチンキウエ公社FUNDACLON CHINQUIHUEに行く。雨風が強い。これが冬の普通の天気だ。昨日までのチロエ島の牡蠣養殖場視察は、1年に何回もない晴れすぎの出来すぎ天気で、晴れ男だとほめられる。ラッキー。ここの冬、風が強い日は、煙突の煙が逆風となって家の中に入ってくることもあり、これが火事を発生させることもあるらしい。自然が毎日変化し「動く絵葉書」で自然は飽きないと、可児さんは言う。

チンキウエ公社のチンキとは島の意味、ウエとは場所のこと。ここはJICAが89年に建設した港波止場の魚陸揚げ場所兼倉庫。大きい施設。公社が借りている。可児さんのオフィスには、海洋生物学部を卒業したチリ人女性と、エルサルバドルから研修に来ている若い男性がいる。

(アクアプロ社)

チンキウエ公社が出来たときは周りに何もなかった。しかし、今は向こうに新しい施設、そこは船からトラックでそのまま陸揚げできるので、そちらの方が多く利用されている。あちらは民間施設。だから、公社の魚陸揚げ場所兼倉庫施設の活用が少ないので、仲買会社に貸している。アクアプロAQUAPUROだ。ここを見学する。責任者が説明してくれる。ここで浄化し出荷する。すべてチリで一番大きいリーデルLIDERスーパーにいく。アクアプロ社はそのためにリーデルスーパーがつくった会社。このスーパーは全国に90店ある。扱いはサケ、イガイ、フジツボ、カキ、ブラックタイガー、アサリ、ホヤ、ウニ、マキガイ、ホタテ、タラバガニ、エビ、ロコガイ、カニ、ヒラメ、カツオ、あじ、カジキ、タラ、イカ、そのほかにコロッケ、野菜も扱っている。とにかく多彩だ。

週に四回20トントラックでサンティアゴのセンターに、六ヶ所のスーパーには直接運ぶ。チリにはこういう会社は他にない。もう一つの大きいスーパーのジュンボJUNBOは直接各業者から買っていると言う。牡蠣はチリが20万個、マガキが3万個。全体の10%から20%。ところが問題は2年前には今の2倍あった牡蠣が減った。衛生法律によって、牡蠣は眼の前で直接牡蠣剥きする売り場でないと販売できなくなったからであると言う。

全国で牡蠣養殖業の会社はマガキが24社、チリが12社。これは養殖免許があるという意味である。市場での人気はチリ牡蠣の方である。チリ人は小さくて周りの外套幕が黒いのが好きだ。チリ牡蠣は国内消費だけになっている。輸出していない理由は第三回でお伝えした。
アクアプロ社の方針は「効率のよい養殖場をつくり、コストを下げ提供する」とのこと。

(スーパー)

次に、サンティアゴのスーパー売り場を紹介する。JUMBOスーパーの魚売り場に行ってみると、冷蔵ケースに既に剥いてあるハーフシェルが並んでいる。価格を見ると、チリ牡蠣が16個で3504ペソ、一個219ペソ(48円)、小さいほうが30個で2970ペソ、一個99ペソ(22円)。箱に入れて上を透明紙で覆う。そこに剥いた日時が2006年7月29日11:15分とあり、賞味期限は7月30日と表示されている。売り場に来た時間は7月29日の12時だからまだ剥いてまもない。マガキはない。牡蠣剥き機で仕事している若い男性に聞くと、一週間にマガキは500個しか入ってこないので、すぐに売れてしまうという。

地元の人に聞くと「マガキは輸出に廻っている」という。マガキの生産量は2003年が3662トン。2001年は7089トンあったのだから49%減である。半分になるには大きな理由があるはずだ。それが分からない。養殖専門家に問い合わせているところである。分かったらお伝えしたい。チリ牡蠣の方は2003年で211トン生産。少ないがこの生産量は2001年が229トンだったから横ばいだ。このJUNBO店頭でチリ牡蠣を一日8000個から10,000個剥くという。

ちょうど買いに来ていたお年より男性は、牡蠣は時々食べるし、今日は土曜日なので家族三人で特別ソースをつくって、白ワインで楽しむと言い、牡蠣は高いのでいつもは食べないとも言う。今日は12個包んでもらった。JUMBOスーパーはチリ全土に20店くらいあるらしい。しかし、この店は客が多い。昼時なのに人が一杯。巨大店だ。日本のイオンスーパーに似ているつくり。アメリカのスーパーを参考に作ったのだろうと思う。
(牡蠣専門店)

次に行ったのは、牡蠣専門店である。牡蠣と冷凍海産物を販売している。チリ牡蠣は100個単位で小が10000ペソ(2170円、一個21円)。中が14000ペソ。SEMI EXが18000ペソ。EXPORTが24000ペソ。スーパーが27000ペソ。特大は今はないが35000ペソ。マガキも見せてくれる。チロエ島のマガキ。特大。これは一個350ペソ(76円)。水槽の中に牡蠣が保管されている。あまりよい水でない。マガキの食べ方はチーズをのせてオーブンで焼く。またはクリームをのせてオーブンで焼く。

牡蠣の入荷は、毎日入ってくる。1.5日前に注文すると入ってくる。一日1400個売れるという。ということは1400個÷100個=14人の客と考え、14人×平均単価を18000ペソとすると=252,000ペソ÷4.6=54,782円×月23日営業=1,259,986円の売り上げとなる。

次に同業店に行く。QSTRAS AGUAS DEL PACIFICO。今日は100個8000ペソの売り出し看板が出ている。天然の牡蠣を扱っているという。週に二回入ってくる。ここは一個200ペソから100個8000から12000.17000となっている。客がテーブルで12個セット食べている。レモンと小さいグラスの白ワイン、それにパンとバター。中年紳士が100個剥いてもらっている。今日は8人でパーティすると言う。牡蠣は大好きだと言う。もうひとりスタイルのよい若い女性が入ってきて、後で来るかもしれないと言って出て行く。5時に閉めるが電話くれれば開けておくと、店の奥さんが伝えている。
(チリの未来)

これでチリの牡蠣事情を終わる。チリはここ20年素晴らしい経済成長を成し遂げた。過去20年間の平均成長率は6%を超え、2004年の一人当たり年収は5500米ドルとなって、今や中進国から先進国に入ろうとして、ラテンアメリカのリーダー的存在になっている。この国の5年後が見ものである。5年後に再度訪れてその成果を確認してみることにしたい。

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2007年01月05日

チリ 第四回

チリ 第四回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

チロエ島

いよいよ牡蠣養殖の本場、チエロ島へ可児さんのスズキ車で向かう。プエルト・モン南西から55キロ。フェリーで渡る。チエロ島ではフスト・ガルシアさんFUST GRACIAの養殖場を視察した。
真向かいに牡蠣研究所があって、その先の海で牡蠣養殖をしている。ここで養殖するために、海の使用許可を取るのが大変だった。国から借りるのだ。使用届書、生産方法、何年もかかったという。

牡蠣・アワビ・ホタテ・イガイを養殖

この海の干潮差は六メートル。海の干潮は南半球でも北半球でも同じ。海と時期によって大潮・小潮となるだけと可児さんが説明してくれる。これは知らなかった。オーストラリアでは北半球と反対と説明したが、訂正したい。しかし、月は反対に見えるという。フスト・ガルシアさんと可児さんは友人である。ここで牡蠣・アワビ・ホタテ・イガイを養殖している。
フスト・ガルシアさんから聞くと、以前は六ヶ所のチリ牡蠣養殖場があったが、今は四ヶ所となっている。フスト・ガルシアさんは20年前潜水夫だった。つまり、この地区の漁業者。一人一人が海に潜ってアサリと牡蠣等を採って生計を立てる職業。それが可児さんと知り合って、技術指導受けてここで養殖を始めた。
チリでは衛生法が改正になり、生ものを食べるのが制限された。牡蠣は眼の前で剥いたものしか食べていけないことになった。その結果、国内消費が落ちている。チリ牡蠣は天然ものと養殖ものが市場にでている。今はまだ天然ものが採れるが、このまま採り続けていくと、四五年後には絶えるだろうと心配している。そうなると養殖ものだけになると思われる。

ロングラン方式

養殖方法は、プラスチック製の8センチくらいの筒を、紐でつないだものにホタテ貝に稚貝をつけて海につるす。一つのホタテに50個つくが、最後に8個くらいなったところで、ロングラン方式にする。ロングラン方式とは、発泡スチロールの塊を海に浮かべ、それに紐をつけ、碇をつけ流されないようにして養殖する方式である。筏の替わりに発泡スチロールの塊を使う。
ここは北風が強いので、北側に山並みがあるこの湾が養殖に適切だと選定したという。台風はない。それまでチロエ島の養殖は、海が川となって入り込んだところ、つまり、静かな海で養殖していた。
フスト・ガルシアさんが牡蠣を養殖している浜辺には、牛が放し飼いになっている。どこの牛か知らないとフスト・ガルシアさんが笑う。ここでは犬はつながれているが、猫の親子が遊んでいる。のどかなものだ。フスト・ガルシアさんのところは、男三人と女一人の社員がいる。いずれも6年勤務している。
さて、ロングライン方式は120メートルの紐に8万個から10万個の牡蠣をつける。チリ牡蠣は成長牡蠣になるのに4年かかる。1年で8万個から10万個採れる。マガキは20万個採れる。マガキは1.5年で成長する。イガイも1.5年。
ここでの採苗はコンクリートのプール、4メートル四方程度のもの、ここでチリ牡蠣は12月から1月、マガキは9月から3月。ここから海に出すタイミングがポイント。これを可児さんに相談して決めるのだ。

大きさで区別する

出荷先は仲買人を通してスーパーへ。これが80%。レストラン・市場が20%。そこから週二回電話があり、チリ牡蠣52個が二キロであるが、これを袋に入れラベル貼ってプエルト・モンの仲買人のところへ運んでいく。小はビクトリアといい4.5センチから5センチ。中はコリエント(普通品)といい5センチから5.5センチ。大はセミエクポルタといい5.5センチから6センチ。エクポルタシオンは6センチ以上。しかしこの大は実際にはない。
マガキは7センチ以上しか出荷しない。昔は重さで行っていたこともある。お金は30日後の小切手で受け取る。その際に10%の金額がカットされる。仲買会社は二社ある。この10%の手数料は仲買で洗浄したり砂を取ったりするコストである。最初に聞いたときは力関係で搾取していると思ったが、実際に仲買のアクアプロAQUAPURO社に行き、洗浄と出荷体制を見学してみると納得できる。中には砂を多くし重量を重くする漁民もいるらしくチェックしているのだ。
あわびも養殖している。あわびは一個1200ペソ(260円)で売れる。チリ牡蠣は一個40ペソ(9円)。マガキは7センチ以上で1個70ペソ(15円)。なまこの養殖も研究中。マガキは編み式も併用して養殖している。島内の別の海では地蒔きで養殖しているところもあるので、結局、牡蠣養殖方法は「ロングラン方式」「地蒔き方式」「網式」の三つが混在している。

半端でない悪路

チロエ島の本通りはすべて完全舗装された立派な道路であるが、養殖場に入っていく海への道は、ガタカタ道路で、そこを可児さんスズキ車で走る。道路は結構起伏があり、半端でない泥と水で埋まっている。坂の途中で車を止めるともう終わりである。滑って坂を上れなくなるので突っ走るしかない。久し振りに悪路を経験した。昔の日本はこうだった。懐かしい。

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2006年12月07日

チリ 第三回目

チリ 第三回目
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

牡蠣養殖基地プエルト・モン

サンティアゴから約1000キロ南下

チリの牡蠣養殖基地に位置づけられるのは、サンティアゴから約1000キロ南に下ったプエルト・モンPUERTO MONTTである。ここに行くには飛行機で1時間40分かかる。

飛行機内に入ってみると、客はチリ人の白人のみ。従って、機内の荷物はペルー人より少ない。ペルー人は親戚にお土産多くバックが大きい。ここはスペイン系白人国であり、中進国から先進国入りを目指している国なので、ヨーロッパよりは少し荷物が多いかなと思う程度。あえて日本との違いを言えば機内で座るまでが少しざわつく程度である。実際の牡蠣養殖はプエルト・モンから55キロ離れた島、チロエ島が主なる地域であるが、ここについては後でお伝えしたい。

チンキウエ公社

さて、プエルト・モンに着くと、チンキウエ公社 FUNDACLON CHINQUIHUEの生産部長の可児清隆さんが出迎えてくれた。チリに通算三回勤務の13年間。47歳の誕生日迎えたばかりの柔道二段の人物。頼もしい。現地の漁師より漁師らしい。驚いたのは半そで。一年中このスタイル。地元のチリ人もビックリ。南半球の7月は冬で、今日はマイナス二度になったというのに。
確かに寒い。しかし、この地方にしては珍しく太陽が出ているので陽だまりは暖かい。バスだとここまではサンティアゴから12時間かかる。街の経済は鮭と鱒の漁業景気でよいらしい。家並みは杉の木の正目上にカットして、うろこ状に小さい木を壁に張る独特の板塀の家並みが続く。人口は20万人。

アンヘルモ

まず、魚市場のアンヘルモANGELMOへ行く。漁村である。観光客も相手にするので、土産屋もあり海産物が大量に並んでいる。アワビ、ウニ、カニ、コングリオ(キングクリップ)レイラィツタ(マナガツオ類)トージョ(サメの類)ベスカーダ(ニベ類)ペヘレイ(トウゴロウイワシ科)等が並んでいて、その場で調理してくれる。見事な包丁捌きだ。
食事ができるような店も並んでいる。クラントCURANTOという料理。内容は数種類の貝とジャガイモやソーセージ等を一緒にグツグツ煮込んである。

野良犬

陽だまりに野犬がのうのうと寝ている。それを写真撮ると可児さんが言う。地元の人が日本人はよく犬を写真に撮ると言う。どうして写真撮るのかと聞かれる。日本には犬はいないのかとも聞かれる。答えは日本には野犬がいないから、首輪もなくその辺りふらついている野良犬は珍しいのだ。日本では野良犬は市役所に連れて行かれて処分されてしまう。こちらの犬は狂犬病の注射をしていないと言う。だから、犬に咬まれると、慌てて人間が病院に行き狂犬病の注射してもらうことになる。日本と逆だ。また、犬は道路に寝込んだ酔っ払いを咬み殺したり、羊を襲うので市が取り締まりしようとしているが予算がないので中止とのこと。だから野良犬は観光客が多勢通る道筋に大の字になって寝ている。それが日本人にはとても珍しい光景で、犬好きの人が写真を撮るということになる。なお、猫は見かけない。少ないようだ。

チリの富士山

ここから見える富士山そっくりのオソルソ山OSORNO 2652mが美しい。本当に富士山そっくりにビックリする。地元の人もフジといっているらしい。
市場でイガイが三種類。そのイガイは生で食べる。買ったばかりのイガイを地元の人が実際に食べている。隣にチリ牡蠣が並んでいる。大きい箱のものが16個入りで6000ペソ、一個375ペソ(81円)。小さい箱が4000ペソ一個250ペソ(54円)。チリ牡蠣は成長が遅い。4年から5年かかる。5年経ってもまだマガキに比べて小さい。また、カドニウムが多く入っているらしい。火山地帯なので重金属が多いのだ。これが輸出できない最大の理由。

暖房は薪

この辺りの家並みに煙突が目立つ。煙が上って街中が煙い。暖房は薪。懐かしい煙い風景だ。可児さんのところではトラック一杯で冬の間20,000ペソ(4300円)ですむ。石油だと10万ペソ(21,700円)かかる。薪材はデバ、松、アレルセなど。自然環境団体から文句が出そうだが、石油を採って燃やしているのと、どちらがひどい自然破壊か。薪はまた植えれば育つから、こちらの方がよいという論理もある。世界にはいろいろな生活方法があるので、日本の実態だけで一概に結論付け出来ないと思う。次回はチロエ島報告です。

投稿者 kenkyuu : 15:13 | コメント (0)

2006年11月02日

チリの牡蠣事情 

チリ第二回目
世界牡蠣研究家  山本紀久雄

チリの牡蠣事情 

タクシーに注意

午前11時過ぎにサンティアゴに着いて、空港から街中のホテルに向かうのであるが、ここでのタクシーは事前にチケットを買って乗るようにしたい。白タクが多く、いかさまが多いので注意。専用カウンターがあるのでそこでホテル名を伝え、その場で支払うとタクシーに案内してくれる。

ホテルに着いて少し休んで昼食に行く。こちらの昼食は早くて13時、普通は14時ごろからだ。早速に地元の人が牡蠣バーに連れて行ってくれる。着いてすぐでは疲れているが、期待のチリ牡蠣を食べたいので向かう。

牡蠣バー

まず、生鮮市場を案内してもらって、その後に牡蠣店へ。市場は野菜・果物の種類が多い。魚の種類は少ない。さて、牡蠣バーはOSTRAS MARISCOSとある。つまり、牡蠣と貝類の店ということ。これが入り口の看板にある表示だ。店名はBahia Pilolcura バイヤ(海・ベイ)・ピオルリラ(南の方のベイの地名)という。入ってみると一生懸命男が牡蠣剥きしている。チリ牡蠣だ。小粒である。それを中年の女性が見守って待っている。30000ペソほど買うという。日本円で6500円程度になる。こちらの物価水準と所得水準を考えると随分高いと感じる。ここでも牡蠣は高級な食べ物なのだと分かる。

牡蠣剥き専用機械

牡蠣剥きは専用の道具機械で行っている。始めて見るものだ。台に道具機械が設置されている。見ていると蝶番から開けていく。一番厳しく締まっているところから開けるのだ。しかし、マガキに比較して開けやすいと教えてくれる。だが、ここは今まで訪問した世界各地のオイスターバーとは異なる。雰囲気がない。魚屋という感じ。レストランという感じが全然しない。
この店で食事するところは地下である。一階の牡蠣剥きしている足もとの床に穴が空いていて、そこから下に降りる。急階段。物置の中に降りるという感じ。多分、昔は地下倉庫だったと思う。地下に降りる階段が物置用の簡単なもの。気をつけないと足を滑らして落ちてしまう。危険だ。先客が一組いる。

シャンパンと白ワイン

案内してくれた地元の人が、牡蠣には、まずシャンパンだといい、MIGLEL TORRESというシャンパンを出してくる。これで乾杯し牡蠣を食べてみる。シャンパンが牡蠣に合うというが始めての経験だ。しかし、自分に合うかどうか分からないので、警戒して少しだけ飲んでみる。炭酸系だから合うかもしれないと思う。
食べたのはチリ産のヒラ牡蠣。チリ牡蠣と言う。チリにしか存在しない。小さいが味は渋くてコクがある。なかなか美味い。白ワインがようやく出てきた。AMAYNA アマイナ。これが甘い。牡蠣には合わない。しかし、牡蠣には白ワイン、お腹の消毒によいと信じているので我慢して飲む。

ウニは安い

このように牡蠣を出すレストランはサンティアゴに3から4軒しかないという。とても少ない。牡蠣は高級料理。せいぜいチリ全国で三万人くらいしか食べないだろうと、地元の人が言うが、これは人口1600万人のチリでも少なすぎると感じる。次にウニが出てくる。あまりうまくない。ウニはERIZOエリッソといい、この店の価格が3900ペソ。日本円にするためT/Cを両替したレートで換算すると4.6になり、これで割って計算すると847円。皿に盛りだくさんだから安い。チリのウニは日本が最大の輸出先だという。

パンの食べ方

さて、牡蠣には必ずパンがついてくる。そのパンの食べ方はちぎってオリーブ油つけて、これもアボガドのものと普通のオリーブがあって、そこにチリ産の天然塩に唐辛子を混ぜたものをつけて食べる。なかなかチリの田舎風でうまい。チリワインの歴史は1850年ごろにフランスから苗が来た。1880年代にフランスの苗が全滅し、チリから持っていった。今は繋いで育てている。クローンだというがチリのワインの評価は高くなっている。金額換算で世界第四位の収穫量だ。

投稿者 kenkyuu : 11:41 | コメント (0)

2006年10月01日

チリ第一回

チリ第一回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


チリまでの道のり

チリの牡蠣事情を説明するには、チリの概況を知る必要がある。チリは日本から遠い国である。チリに行くにはアメリカのニューヨークかロスアンゼルス、ダラス、フロリダ等を経由していかねばならない。

日本からの直行便はない。成田からニューヨークまで約12時間30分、ここで乗り換えてチリ航空LAN、大体アメリカン航空AAと共同便が多いが、チリのサンティアゴまで約11時間50分、合計24時間20分が機上での時間。乗り換えに要する時間を考えると27から31時間かかる。

ジョン・F・ケネディ空港

今回はニューヨークで一日滞在し、翌日再びジョン・F・ケネディ空港に向かった。日本で手配したチケットでは、ニューヨークからチリまでアメリカン航空AAとなっているので、成田からのJAL機内で客室乗務員に確認したところ、AAはジョン・F・ケネディ空港の9番ターミナルということだった。そこでマンハッタンから車で9番に行くと、と言ってもこの空港は複雑で、なかなか難しい経路で9番ターミナルに到着し、チリ行きエアフライトナンバーを表示板から探したがない。表示されていない。これはどうしたのか。手許のチケットとフライト表示板を何回見つめなおしてみても、画面にない。それに人もいやに少ない。その少ない中からAAに関係していると思われる人物に聞いて尋ねて見ると、それはLANだと言う。LANチリ航空に行けと言う。ターミナルは4番だと言う。これには驚いた。まだ時間は2時間以上あったので、時間的には問題ないが、チケットのエアライン表示と空港の表示が違っているのだ。後で考えたら共同運航便なので、知っている人は皆4番に行くのだが、こちらは始めてで知らない。4番に行くには、車で改めて空港内をぐるりと、つまり、先ほど通った9番ターミナルに行くときに通ったところを経由して、ようやく4番に着いた。

LANチリ航空

確かに4番ターミナルに入っていくとLANチリ航空があり、サンティアゴ行きのエァ便が表示されている。ホッとする。周りを見回すと、乗客の顔ぶれがAAを利用する人と一変している。顔つきが違う。ペルー人が一杯。途中にペルーのリマを経由していくためだ。ペルー人の荷物はすごい。大きな布袋をひとりで三つも持って、それに加えて手荷物バック。ニューヨークから久し振りに帰るので、お土産がすごいのだろう。親戚兄弟へのお土産が多いのだ。すごいなぁと呆然と見ていると、もっと驚いたことが発生した。ペルー人の女性がチェックインしたはずの機内預けの大きな袋、それをまた手押し車に戻して積んでいる。どうなっていのだ。機内に預かってくれないのか。おかしい。見ていると他の人たちも同様である。この理由が、ようやく自分の手続き順番が来て分かった。機内預け荷物はゲートに入る直前に検査受け、それから機内に運ばれるのだということが。更に驚いたのは座席指定が出来ない。通路側にしてくれと申し入れたら、ゲートだ、という答え。ウーン、いろいろ日本とは異なる。だが、こんなことで驚いてはいけない。とにかくチリまで行くことが目的だから、LANの言うとおりにしてゲートに向かった。
ゲートで待っていると乗り入れ案内アナウンスがあった。最初はスペイン語。何だか分からない。次に英語。もう既にペルーとチリになっている。普通はその国の言葉から始めるものだ。つまり、英語のアナウンスからだ。ようやくゲートカウンターで座席指定してもらう。ところがリマまでと、リマからサンティアゴまでの座席が異なっている。一枚のチケットに二つの座席が書かれている。手書きで!!。

サンティアゴ

無事定刻に出発した。途中リマで約一時間駐機し、ドヤドヤと降りたペルー人の後に、どっとチリ人が乗り込んで満員。どうやらヨーロッパからチリに行く人たちらしい。ここから三時間でようやくサンティアゴのアルトゥロ・メリノ・ベニステ空港に到着した。ここは2001年に完成した近代的空港である。さて、この新空港から表に出て見てビックリした。眼を東側に向けると、白く高く連なる山並みが街を見おろしている。素晴らしい。一瞬疲れを忘れさせる。アンデス山脈である。サンティアゴは人口550万人の大都市でありながら、南北アメリカ大陸最高峰のアコンカグア(6960m)を含む、アンデス山脈が街の中心から80KMという近さに聳え連なっている。特に今は冬、それが白銀に覆われている。その姿はヨーロッパのスイスに来たと勘違いさせるほどの美しさだ。

いよいよこのサンティアゴから牡蠣の実態調査に向かったが、長時間の旅のためここでいったん休みとしたい。

投稿者 kenkyuu : 12:33 | コメント (0)

2006年09月01日

牡蠣養殖場

カナダ・バンクーバー第三回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

牡蠣養殖場

牡蠣養殖場はどこに行っても不便な場所にある。当たり前だ。人が多勢住んでいるところは自然が侵されやすいのだから、牡蠣のような生鮮生き物は、自然のままのところで育ってほしいから遠くても仕方ない。

牡蠣養殖場は遠い

バンクーバーも遠いところにある。市内からタクシーで30分のホースシュー・ベイに行き、そこからフェリーでバンクーバー島に渡らねばならない。大きな荷物を持ってフェリー乗り場でバンクーバー島のナナイモまでの切符を買う。フェリーは二時間ごとに出ている。大きな船でナナイモまで一時間半で着く。
ナナイモから牡蠣養殖場のあるところ、それはファニーベイFANY BAYだが、そこに行くにはバスで二時間かかる。車でもその程度かかる。だから、バンクーバーの市内から待ち合わせ時間を入れて、約半日は必要とする。牡蠣養殖場の視察は朝でないと潮の関係で難しい。ということは養殖場の近くに前泊しないといけないことになる。ところが養殖場の近くには大抵ホテルはない。そこで離れた町に泊まることになる。そのホテルを朝早く出発する。牡蠣研究者は早起きでないと難しい。これが研究するための最低条件だ。

ファニーベイ

さて、養殖場に向かった。宿泊したコートニーという町から88KM離れている。タクシー代が75ドルもかかる。養殖場についてみると、事務所の前に牡蠣殻が積んである。白くなっていて鳥がついばんでいる。オーナー社長のGLEN HADDEN氏に会う。腹の出たはげた人物。頭は剃っている。脳細胞がしっかりした精悍な感じ。案内された事務所の二階に上がったところが社長室兼応接室。コーヒーはでない。ここがアメリカと異なる。サービス精神が少ない。洗練されていない。
二階に上がったフロアから、下の作業場が見える。何をしているか。レストランの要請で牡蠣剥きし、海水で洗って牡蠣殻に入れている。片方の牡蠣殻だけにしている。これをハーフシェルHALF SHELLという。レストランが剥く手間を省いている。一部の店に提供しているらしい。
先日は日本からマニラ・クラムMANILA CLAMSについて調べに来たという。マニラから来たからこの名前がついているらしい。このマニラ・クラムは北米・カナダで人気であるらしい。さて、ここでの牡蠣の歴史は1920年代、この地に日本の材木業を含むいくつかの日本企業があって、そこの日本人が牡蠣をアメリカから持ってきた。それが自然に海で育ちはじめた。その牡蠣を採り過ぎてなくなってきたので、1950年代から稚貝を日本から輸入したのだ。

養殖法の進化で企業が成長した

FANNY BAYの名前は、オイスターで世界的に有名だと自慢する。味はきゅうりに似ているが、これは海水の中にあるプランクトンのよるという。
さて、GLEN HADDEN氏は1984年から経営し始めた。12歳から漁師だった。このところにあった会社を買った。買ったときに何もなかったので、五年掛かって準備し、1989年から営業開始した。今ではこのあたりで一番の会社だ。最初は奥さんと社員三人。一週間で3000個採取する規模だった。今は定期社員が80人。一日35,000ポンド生産。これを363日営業している。1270万ポンド576万キロ。5762トン。このうち牡蠣は一日28,000ポンド。成功の基は稚貝から育てる方式にしたことだ。それまでは自然の海の牡蠣を採取していた。
稚貝から育てる方式の説明に入る。壁のパネル写真にしたがって説明していく。何人にもしているのだろう。慣れている。まず、アメリカから産卵したばかりの卵ベイビーを買ってくる。写真は1000倍に拡大したもの。400万個でゴルフボール一個分。これを20度の海水の容器に牡蠣殻いれて静かに14日間で育てる。しかし、これは海が静かでなくなったのでやめた。
そこで容器に牡蠣殻を入れ海水を入れる仕組みにした。その海水を20度にする。エアーも入れて流動化する。そこに卵ベイビーを400万個入れる。五日間。自然に温度を下げていく。牡蠣殻一枚に八個つく。それを海岸に並べ太陽に当てる。地面に直接あてないで筏的なゲタを履かせる。潮が引いたときにトランクで作業する。潮は16フィート4.8Mである。一年間で稚貝になる。これが今までの方法だった。
今は違う。微細な牡蠣の卵と同じ位の牡蠣殻を砕いて、タンクに入れかき混ぜる。一個に一個つくようにする。マイクロスコープで見ないと分からないような大きさ。ボールペンの押す部分の大きさになったときに、12個並んでいる屋内の容器に入れる。一つに50万個入る。海水を流してプランクトンを入れる。一日中食べられるようにする。前に方法では一年間で1インチ、2.5センチしかならなかったが、この方法は12週で1インチとなる。これを120個ずつ箱に入れて15段にし、筏のうえに置く。こうすると八ヶ月で生育する。以前は2.5年掛かった。売れる牡蠣になるのは新方式で14ヶ月。前の方式では五インチ12センチにするのに五年間。この方法で一気に生産性が上がって成長したのだ。

海がよいのは山と太陽と雨

ここの海は海水がよいらしい。その要因は山と太陽と雨だ。川も一杯ある。出荷先は八カ国。アメリカ、ヨーロッパ、アジアだ。シンガポール、マレーシア、中国、台湾。NYセントラルオイスターバーは15年間取引がある。生牡蠣を船で出荷する場合は冷凍、エアーの場合はフレッシュで。現在牡蠣だけでなくいろいろあって40タイプの商品がある。
牡蠣の洗浄しているところで牡蠣を剥いて食べてみる。味はよい。どこでもフレッシュは美味い。巨大な牡蠣から熊本牡蠣に近い小さいものまである。
ところで、剥き身も扱っている。その牡蠣剥きはすべて手で行う。それを剥き身の容器に入れる。それは女性。剥くのは一人で一日3000個くらい。採用して三週間で剥き身に合うかどうかの適性が分かる。剥く量によって給料が変る。40ガロン(180L)から20ガロン(75L)一人当たり剥く。担当は15人いる。力は必要ない。中国人の女性が向いている。女性は半分。
全体の構成はマニラ・クラムが30%、牡蠣剥き身が30%、生牡蠣が35%、その他の5%はマッスル、スカルプなどの新しい貝。また、全生産量の40%は他の養殖場から買っている。カナダブリティッシュ・コロンビア州BC内の養殖場から。別のところの牡蠣でもFANNY BAY牡蠣として出荷している。カナダでは別に問題ないという。世界の各地で制限条件にいろいろ変化がある。それが世界の実態だと改めて認識する。

投稿者 kenkyuu : 17:12 | コメント (0)

2006年08月18日

オイスターバー

カナダ・バンクーバー第二回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

オイスターバー

イエールタウン

バンクーバーのオイスターバーに行ってみた。そこはイエールタウンである。イエールタウンは最先端のスポットとして人気が出ている界隈である。何年前かは寂れた倉庫地域だった。再開発されておしゃれな店や、ギャラリー、映像プロダクション、輸入家具、ハブやクラブが集まっている。

ここにRodney‘s Oyster Houseがある。ここでの案内はJ.Conor Lowe氏が説明してくれた。まだ若い。赤いTシャツ姿。今まで訪問したオイスターバーの中では一番ラフなスタイルだ。ここは全員がTシャツかラフなシャツスタイル。制服はないようだ。カナダらしいと感じる。店内は倉庫をそのまま使っている。天上の柱が表れている。開店して八年。投資会社が経営している。お金持ちが投資した会社の経営。Rodney‘sとは最初にこの会社を創った人の名前。トロントにも別経営だが同様の名前の店があるという。

牡蠣剥きコンテスト

J.Conor氏は毎年7月29日に行われるこの通りのフェスティバルでの、西部カナダ地区牡蠣剥きコンテストで三位になった人物。一位も二位もこの店の人だと自慢する。優勝者の名前をつけてあるトロフィを見せてくれる。一位のBOBはアイルランドの世界大会に出場した。この通りでの牡蠣剥きコンテストは、20個の牡蠣を開け、それを皿に美しく並べるということと、その速さ競う二項目である。与えられる牡蠣は20個だが、審査は18個で行う。18個で一分20秒だった。80秒ということ。一個当たり4.4秒。世界チャンピオンのパリ・ゴンチェさんは1.7秒だから、大したことはないが、ここでは早いほうだろう。実際に剥いているのをみたが、板を台にしている。パリのエカイエとは大分技術差があると思う。しかし、けなしてはいけない。パリのエカイエは牡蠣剥きの専門職で世界一なのだから。

特に美味い牡蠣

仕入れ方法は、供給業者がいて毎日電話がかかってくる。グランビルアイランドのLOBSTER MANからもかかってくる。バンクーバー島からも入ってくる。全部で八種類の牡蠣。kussi3.25ドル、Gorge2.5ドル、Fanny Bay2.5ドル、Metcalf Bay2.5ドル、Malpeque3.5ドル、Mac‘s2.4ドル、そのほかにもあるが牡蠣のメニューがない。名前を書いた表示板が牡蠣を置いてあるところにあるだけ。このあたりのセンスもいまいちだ。だが味はうまい。特に美味いのは確かに価格どおりでkussiとMalpequeだ。人気があるといっていたLOBSTER MANの女性店員が言っていたとおりだ。ということは自分の舌も世界的になったものだと思う。
この店では一週間に5000個から7000個売れるらしい。一週6日間として一日800個から1160個。確かに多い。金曜日は1200個を越すという。


ワインはオーストラリア産

いよいよ牡蠣が来たので、白ワインを頼む。持ってきたのは地元でなくオーストラリアのもの。がっかりする。どうしてカナダでオーストラリアなのだ、と内心怒るがこんなことで折角の牡蠣を味見する気分を壊してはいけないと、怒るのはすぐにやめる。
ワインを注いでくれたグラスを見て驚いた。グラスは水を飲むものと同じだ。センスがない。しかしなみなみとこぼれるほど注ぐ。後で分かったがワインはサービスしてくれたのだ。ソースは全部自家製。赤ワインベース、カクテルベース、チリベース、すごく辛いもの、ウオッカベース、タバスコが赤と緑、醤油に似たソース、全部で九種類。牡蠣の皿への並べ方は店内に陳列してある順番である。求める客には説明することにしている。


牡蠣の料理

牡蠣の料理もある。昼はPan Fried Oystresパン粉でフライしたもの。牡蠣フライと同じ。ただ牡蠣の形がそのまま出ているし大きい。味はなかなか。食べやすい。
J.Conor氏はアメリカの大学で経済学と政治学を学んだという。父が外交官だったので七歳のときから パリ、ロンドン、NYと移って二年前にバンクーバーにきた。両親はオタワにいる。今は料理専門学校に通っている。ダウンタウンのクラシックフレンチだ。ここはこるコルドンブルーよりレベルが高く、NYのCIAに匹敵すると自慢する。夢は本を書くこと。今でも何冊かは書いた。コメデイタッチの自己経験談。売れていない。そこで先輩としてアドバイス。シェフとして成功してから書くと売れるというとその通りと頷く。分かっているのだ。オイスターバーも世界を廻ると、いろいろあって楽しい。

投稿者 kenkyuu : 05:40 | コメント (0)

2006年07月16日

カナダ・バンクーバー第一回

カナダ・バンクーバー第一回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

バンクーバー

シアトルからバンクーバーは近い。定刻にシアトルを出たプロペラ機は定刻にバンクーバーに着く。客室乗務員は大男が一人だけ。それがジュースと気持だけみたいなお菓子を一個ずつ配って歩く。手間をかけなく質素というイメージだ。

ホテルはロブソンROBSON通りの42階建て。フロントが日本人女性だったので、地図を貰っていろいろ教えてもらう。ロブソン通りを歩いてビックリ。ここは新宿と池袋と銀座を合わせた感じのところである。しゃれたブティックもあるし、高級レストランもあるし、カラオケもあるし、居酒屋もある。世界中の食べ物屋が軒を連ねている。牡蠣を食べ飽きたので、ギョーザとラーメン店に入る。完全に日本語の世界。しかし、中で食べているのは80%が日本人以外だ。これがバンクーバーの実態を示している。箸でラーメン食べている。箸を使うことは当たり前の世界になっている。箸は日本人専用ではなくなっている。使い方は皆さん上手である。バンクーバーは飲食店が多いので食事するのに不便はないが、あまり多くありすぎるという感じで、博多の中洲か札幌のすすき野という感じだ。

ところで、最近カナダ人が自慢することがある。アメリカの傘の中で、外交も経済もアメリカべったりのカナダだから「カナダ人とはアメリカ人でないこと」などと自嘲気味だったが、ブッシュのおかげで最近は「外国に行って、カナダ人の振りをするアメリカ人がいる」という話が真面目なジョークとして語られている。アメリカ人がイラク戦争の問題指摘を避けるためらしい。

生鮮市場

バンクーバーの生鮮市場はグランビルアイランドにある。ここは空港から市内に入るときに通るグランビル橋の下、フォールス・クリークに突き出した小さな半島になっているところ。かつては工業地区であったが、工場移転に伴ってゴーストタウンしていたところを、70年代に再開発し、パブリックマーケットやブティック、レストラン、シアター、ガラス工房などが並ぶファッショナブルなレクレーションエリアとして蘇った。週末には活気が溢れる。

勿論、魚屋もある。その店先で牡蠣を見ていると店員が寄ってきて親切に説明してくれる。そこでリュックを背負った中年おじさんが鮭の頭だけ買っている。頭だけ食べるのかと思って聞いてみると、カニを海で採るための餌にするのだという。バンクーバーの海では素人がカニを採れるのだ。これがカナダの実態である。自然をとにかく大事にする国民である。だから、日本みたいに付加価値をつけて、高いものを提供しようとする傾向は少ないのだ。リンゴでも小さくて安いものを好む。日本みたいに立派なリンゴで、ビックリするほどの高いものは好まないようだ。

このグランビルアイランドにある四軒の鮮魚店を廻ってみた。それぞれ鮮魚を並べ、牡蠣も並べているが、その中で一番気に入った店は、LOBSTER MANという名の店だ。ここに入って水槽に入っている牡蠣をみていると、女性店員が寄ってきた。ここは14種類の牡蠣がある。このチャイニーズ系の若い女性、ゴムの前掛けをして長靴を履いている。

この店員にいろいろ聞くと、親切に教えてくれるし、なかなか詳しい。一番人気の牡蠣は何かと聞くと、MALPEQUEだという。これはカナダ東海岸のものである。次の人気はKUSSIと熊本牡蠣だという。KUSSIはシアトルのオイスターバーで絶賛したものだ。ここの水槽は全部海水で、毎日海から運んできている。牡蠣は一日で全部売り切れるという。この女性店員、いずれは自分でオイスターバーを開いて、独立したいからこの仕事をしているのだという。目標を明確に口にするのは成功する秘訣だ。頑張るようエールを贈って店を出る。

日本人も見習ってほしい。目標を持ち常に口にすることを。

投稿者 kenkyuu : 06:19

2006年07月03日

アメリカ・シアトル第三回

アメリカ・シアトル第三回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


牡蠣養殖場

いよいよアメリカ西海岸ワシントン州の海に行くことにしたい。シアトルから120km北に向かったところにある、TAYLOR SHELLFISH FARMS会社の一つの養殖場、SAMISH BAYに行く。

FARMSに着くとマネージャーのJAMES HALL氏が大きな身体で迎えてくれる。事務所で話を聞くが、とても親切。隠し事をしない方針ということで何でも教えてくれる。
事務所は海と至近距離にある。その事務所の裏をガタゴトガタゴト大きな音を立てて、シアトルからカナダに行く列車が走っていく。貨物列車は見飽きるほど長い車両が繋がって走っていく。客車列車の本数は少なく、事務所の近くには駅がないので停まらない。したがって地元の人は利用していない。当然、無人踏切である。

潮の満ち干

TAYLOR社は1890年から養殖している。ワシントン州に12か所。メキシコ、カナダにもある。小さい養殖場から大きいところまでいろいろある。訪問したこのSHELLFISH FARMSは1700エーカーの広さ。大きいほうだ。
養殖には潮の満ち干が大事である。政府が発行するTIDE GUIDEを参考に作業する。今日の5月24日は9:59分に潮が最も干く。天気のよいときはさらによく干く。
西海岸の海はアメリカ・カナダ政府が所有し監視している。ワシントン州では海水の調査は州、貝類の中味調査は政府である。海水より海底の地面にカドニウム害、水銀害が多いので真剣に調べているらしい。このことはシアトルでインタビューした主婦も心配していたから、関心が高まっているのだろう。
この養殖場の貝類収穫量全体の65%は、アジア向けに輸出している。香港、東京、シンガポール。アサリ、みる貝など。牡蠣は香港が一番だ。輸出向け専門の販売会社をつくって輸出している。

パシフックオイスターのいわれ

マガキ牡蠣は第二次世界大戦までジャパニーズ牡蠣という名前だったが、それ以後パシフイックオイスターにしたという。この話は始めて聞いた。何故パシフイックオイスターと称しているのかが、ようやく分かった。日本からマガキを持ってきたときに、MANILA CLAMSという貝が一緒についてきて、この貝がアメリカでは人気で、この会社がMANILA CLAMS生産の全米一だという。
パシフイックオイスターの産卵はここで行っている。三倍体牡蠣であり、アメリカでは三倍体牡蠣が殆どだ。また、一年に一回だけお祭みたいな企画があって、このあたりに住んでいる一般の人に種牡蠣を売っている。これはビーチをもっている一般の人にもオイスターを普及させようとするものである。オイスターガーデンつくりだという。そうすると水に対して関心を持ち、水を綺麗にしようとする気持になるし、水を守る意識につながるからだという。
牡蠣養殖法は籠箱に稚貝を1250個入れ、600KGあるが、これをフォーリフトで海の中に置いて、それに浮きをつけて置く。牡蠣が大きくなってから、満潮のときに船で浮きを引っ張って陸に運んでくる方法である。

アメリカ人の食べ方

アメリカでのマーケットではカリフォルニアが大きいという。理由はアジア人が多いことだ。アジア人はよいものは買う。アメリカ人はバーベキューで夏に牡蠣を食べる。牡蠣の最悪の季節に食べる習慣がある。この習慣はよくないがアメリカ人は分かっていないと慨嘆する。
とにかく親切な説明で感激していると、その理由が分かった。マネージャーのJAMES HALL氏は、自宅に日本人の高校女子学生をホームスティさせていたことがある。その写真を見せてくれる。いつも持って歩いているらしい。今その日本の留学生はスエーデンの大学に行っていると、自分の子供のように自慢する。その子のおかげで日本贔屓になったらしい。一人一人の行動が大事で、国の評判はこうやって決まっていくのである。そのことが現場に接してみてよく分かる。

投稿者 kenkyuu : 05:21

2006年06月18日

アメリカ・シアトル第二回

世界牡蠣事情 アメリカ・シアトル第二回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


生鮮市場

シアトルには公共の生鮮市場はないが、海辺に近いところにパイク・プレイス・マーケットPIKE PLACE MARKETがあって、ネオンサインの看板には「PUBLIC MARKET CENTER」とあるから、ここが公共市場なのかもしれない。
ここは1907年に漁師が魚を売る場所として始まったところだ。アメリカで一番古いという。夏の観光シーズンには一日四万人も訪れる。カニやサーモンなどと並んで牡蠣もある。牡蠣は氷の中に埋まっているものと、箱に入って並んでいるものとがある。

店からは威勢のいい売り手の呼び声がかかる。こでは売り手と買い手のやり取りが見ものだ。買い手との話がまとまると、売り手はカニやサーモンをカウンターに放り投げる。これが見ものでパフォーマンスとして人気になっている。これを見るために、ここに来る観光客も多い。

ブッシュはバカだ

魚売り場がある一階の下の階、ここにもみやげ物売り場がたくさん並んでいる。食べ物屋も多いし、装身具や玩具売り場もある。「ブッシュはバカだ」と書いた等身大のパネルも売っている。ここは民主党の地盤。前回の大統領選でブッシュはこのワシントン州では負けたことが、このパネルで証明されている。

スターバックス

パイク・プレイス・マーケットの真向かいの通り、通りといっても土産物屋とか食べ物屋が軒を連ねている、アーケード街の一軒が、世界的に成功したスターバックスの一号店である。観光客が大勢店の前で写真撮っている。スターバックスは世界で人気のコーヒーショップだ。カップを手に持ち歩いている人が多いのも、これも発祥地だからか。また、シアトルには飛行機のボーイング本社があり、マイクロソフト社のビルゲイツが住んでいる。ボーイングの工場がどこかに移転してしまったらしいが本社は残っていて、ANAが新型機を50機発注したときはすごかった。一週間くらい新聞・テレビでこの話題だけだった。シアトルは定年後住みたい街の世界ベストワンらしい。頷ける街である。

オイスターバー

シアトルは海の街。さぞかし魚介類が豊富だろうと思っていたが、一般人へのインタビューでも分かるとおり、魚を食べる人は限られている。更にまた、牡蠣が好きな人は少ない。だが、その限定された人たちが行くオイスターバーは、どのようなところなのか。シアトル随一のオイスターバーであるTHE OCEANAIREに訪問した。ここでチーフシェフのKevin Davis氏から説明受ける。

Kevin Davis氏は、シアトルの前は香港のシェラントンホテルでシェフしていた。そこでは20種類の牡蠣があったが、牡蠣をあけて水で洗ってから客に出していて、これでは海の味が消えていたと、思い出すような語り口。この方法はシドニーと同じだ。このレストランで五年いる。オーストラリア、フランス、カナダを廻ってきた。ルイジアナ出身である。

仕入れは、仲介業者がいて、各養殖場から仕入れてくれる。このルートが70%で一週間に二回仕入れる。養殖場から直接仕入れるのは30%。今日の18時に注文すると翌日の10時に入ってくる。24時間以内に海から採ったものという基準を設けている。

日本の牡蠣を最初に持ってきたヤマシロさんを知っているかと聞かれる。今は85歳から90歳くらいで元気だという。写真を見せようかといっていたが、このヤマシロさんは知らない。このHP読者でヤマシロさんを知っている人がいたら投稿してほしい。

店内の席数は250席。客は地元と観光客が半分ずつ。近くにコンベンションセンターがあるので、そこからの客が多い。

今日の牡蠣の種類は12種類。14種類のときもある。メニューを見るとブロンはない。このちかく以外の産地はニュージランド、東海岸、アラスカからも入ってくる。東海岸は海の味が強く、西海岸は味が微妙で込み入っていて繊細だという。気候条件や川の近くか、牡蠣の種類で味が変るという。そのとおりである。なお、熊本牡蠣はアメリカで有名すぎるので、扱わない方針だという。珍しい方針だと思う。
牡蠣料理はオイスターロックフェラーだけ。五個で12.95ドル。

牡蠣で最も高いのはKUSSHI CORTES ISLAND で一個2.5ドル。この牡蠣はNYの有名なシェフでトーマス・ケラットが本の中で紹介し有名になった。フレンチランドリーというレストランを経営している。牡蠣の育て方に秘密があるらしい。どうも籠に入れて時折ぐるぐる回す方式になっていて、そうして育てるとふっくらとした殻となり、殻の深みが厚みとなって小ぶりだが豊かな牡蠣が出来る。牡蠣カウンターに行き味見させてくれる。食べてみてビックリした。全く他の牡蠣と違う。品がよい。上品さで過去に食べたどの牡蠣より優れていると感じる。これを食べて他の牡蠣を食べるとすべて味にコクがない。それだけ味が抜群である。レストランで食べた中で一番美味い。さすがに高いだけのことはある。

Kevin Davis氏の接客工夫は、客に牡蠣を出すとき、オーダー順に出して、一つずつ解説をすることにしている。そうすると感心して納得してくれる。そのようなアドバイスが大事だ。牡蠣に合うワインはシャブリ、ムスカデ、ロワールのバーカンデーだという。地元ワシントン州のものはあまり奨めないのが引っ掛かる。地元ではここのワインは素晴らしいと宣伝しているのに。しかし、世界的にはワシントン州のワインは無名なので、Kevin Davis氏があげたワインが牡蠣に合うことは、牡蠣通なら誰でも知っていることだし、いろいろ飲んで味わってみて、そり通りと思っているので大きく頷く。ただし、地元のワインは赤が美味いと、申しわけなさそうに追加するところが地元で商売している弱みか。

牡蠣は客が座るカウンターテーブル、その前にある氷の中に入っていて、そこから注文によって探し出し、その場で開けてくれる。これは始めてみたが合理的でショー的雰囲気がある。牡蠣は小ぶりのものしか扱っていない。大きいものは上品さが欠けるというのが主張。そうかもしれない。人によって好みが異なるが、高級レストランではあまり大きな牡蠣を扱っていないのは、世界的事実であるし、ここシアトルのTHE OCEANAIREの品のよいムードには小さい牡蠣が似合っている。フランスともNYとも異なる味わいのあるなかなかのオイスターバーであった。

投稿者 kenkyuu : 09:44

2006年06月05日

アメリカ・シアトル第一回

世界牡蠣事情 アメリカ・シアトル第一回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


海辺の街シアトル

ここアメリカ・シアトルの五月下旬の朝は気温13度。最高気温が20度。日中は晴れと曇りと雨がミックスする。陽が差しているのに雨が降り、空模様の変化は激しい。
シアトルはアップダウンが多く、歩くと結構大変で、アメリカらしい規模の大きい建築物が並び、海岸にイチローが所属するマリナーズの球場セーフコフィールドと、巨大なアメリカンフットボール場が並んでいるなど、日本の都市とは景観が大きく異なっている。

街角のショップウインドウにイチローのポスターが飾ってある朝の散歩、途中の交差点で背広にネクタイ、帽子を被った年配紳士が「アーユー チャイニーズ」と聞いてくる。「ノー ジャパニーズ」に、すぐさま「オハヨウゴザイマス」と切り替えてくる。交差点内で行き交う背の高い中年女性、黙って通り過ぎようとすると「ハーイ」と笑顔で声掛けしてくる。歩道ではシアトルマリナーズの野球帽を被った、いかにもスポーツマンらしい引き締まった体躯の中年男性、こちらと眼を合わすとニコッと「ハーイ」。歩いていて声掛けしてくるのは、どうもこざっぱりした服装の人で、十人に一人という感じで白人だ。声掛けしない目つきが厳しいのは黒人か移民系で、乞食も声掛けし手を差し出してくるし、ドリンカーみたいな人種も時折いるが、街全体の雰囲気は歩きやすく穏やかだ。

シアトルの人々は牡蠣が好きか

牡蠣について一般のアメリカ人に今回聞いてみた。聞く人の対象選定は難しい。なぜなら牡蠣は多くの人は食べないものだから。欧米ではどちらかといえば高級品に属する食べ物。ということはそれなりの生活レベルの人に聞かないといけないだろう。ということで今回はシアトル市内の会計士事務所にお伺いし、そこの会計士の女性四名からお話を聞けることになった。
こちらの会計士は日本と異なっている。日本のように監査を中心にしているのではなく、各企業の決算書や税務申告書を作成している。どちらかといえば日本の税理士業務にちかいと考えた方がよい。それぞれが個室を持って仕事しているので、四人の方の部屋へそれぞれ移動し、お聞きした結果が次のとおりである。会計士の収入階層は中の上である。

最初のJALEANEさん32歳女性
牡蠣は一回しか食べたことがないという。サーモンは食べるし白身の魚も食べるが。牡蠣は高いレストランにしかないし、友達と行くようなレストランには置いていない。友達で牡蠣を食べに行ったということなぞは聞いたことがない。高いものを食べるということはステーキかカニとロブスターだ。魚そのものは好きだが。牡蠣は未知の食べ物だ。全く食べたいと思わない。タコと同じだ。日本人の友人とタコを始めて食べたがそれまでは知らなかった。パイク・プレイス・マーケット(生鮮市場)に行けば牡蠣があることは知っているが、駐車場が混み合うので行かない。牡蠣を食べるか食べないかは家族の文化によるだろう。夫の家系はベジタリアンだった。自分の家系はアイリッシュだ。ポテトは食べるが牡蠣は食べない。BSEの牛肉も食べない。生産地を調べてから食べる。肉にFDAのシールがあるものしか買わない。レストランで食べ残ったものを持ち帰る習慣があるが、ステーキの持ち帰りだけは店で許可しない。眼の前で切った肉は買わないことにしている。どこの肉か分からず危険だから。鮭でも自然のものがよい。養殖よりは。オーガニック優先だ。高いが仕方ない。倍近い価格だ。出来るだけ自然なものを食べたい。

次はDEBRAさん46歳女性。
牡蠣は食べる。感謝祭サンクスギブンズデイ11月の第4日曜日が祭日。この日はターキーに剥き身の牡蠣を入れて、その牡蠣を取り出してオーブンで焼く。セロリやたまねぎやパンを混ぜる。レストランでも食べるが生では食べない。八歳のとき叔父が牡蠣養殖していて生で食べるよう推奨されたが、匂いがすごくて、生で食べる気がしなくなった。生卵を食べないのと同じだ。

名前を聞き忘れた45歳の方。
牡蠣は食べない。叔父がオイスターバーを持っていて、バーベキューのときに牡蠣100個焼いたが、味が強すぎて匂いが強すぎてだめになった。潮干狩りには行ってあさりは食べるが。魚は白身。ヒラメとかソウルフイッシュとか。テラピア、サーモン。自宅での料理の配分は肉が40%、鶏が30%、魚が30%。肉は牛肉だ。BSEは全く気にしていない。

名前を聞き忘れたもう一人40歳女性。
牡蠣は大好きだ。シアトル生まれ。レストランに行って牡蠣があれば必ず食べる。20歳前半まで食べなかったが食べてみたらおいしいので今は好き。牡蠣は赤ワインである。魚介類には白ワインということは知っているが、自分は赤ワインだ。ブロン牡蠣のことは知らない。子供のときは牡蠣を燻製にしたものをよく食べた。食べ方はクリームチーズとクラッカーと一緒に。ターキーに牡蠣を入れるのは一般的であるが自分はしない。牡蠣が食べられるときはどこでも食べる。大好きだから。

いかがでしょうか。これが海に近く、アメリカ社会の中では魚介類が多く出回っているシアトルでの回答です。人によって随分違っていると思いませんか。これが欧米人の個性というものでしょう。日本では牡蠣が好きか嫌いかで聞くと、半分くらいの人は牡蠣フライが好きだから、牡蠣は食べると言うでしょう。生では食べない人が多いですが、フライや鍋もので一般的に食べると思いますし、お聞きするとある程度平均的な回答が多いのですが、アメリカではこのような状況でした。世界の人々はそれぞれ異なることを、改めて認識したシアトルでした。


投稿者 kenkyuu : 10:02

2006年05月19日

アイルランド 第五回

世界の牡蠣事情・アイルランド第五回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


養殖組合

今日はダブリンから82キロメートル、北方向のダンドークDUNDALKに行く。ここの養殖組合AQUA CULTURE INITIATIVEを訪ねるためだ。ここは事前のアポイントが快く受けて頂いて、準備万端という感じで迎えてくれた。会ってくれたのは資源開発オフィサーのディミアン・トーナー氏DAMIEN YOUNERとフランス出身の女性。この養殖組合でアイルランドに来てから、始めてビジネス的な会話ができた。通常の打ち合わせ会話であり、ちゃんとしたミーティングルームでコーヒーも出た。今までは立ち話か小屋みたいな環境だった。牡蠣養殖業者や市場の中は仕方ないが、改めてこの養殖組合の対応に感謝したい。

この養殖組合は国の機関である。北との平和解決の中から生まれた対策の一つでアイルランド島の全体を担当している。水産庁BIMに属し、3年前にINCO(IRISH NORTH COAST OYSTER)、これは共同販売組織であるが組織化した。
牡蠣のアイルランド全体出荷量は2004年で5103トン。世界10位である。
INCOが扱うアイテムと順位は①大西洋サーモン②ムール貝③オイスター④マスの順である。養殖社数は103社。
アイルランドの養殖業者の規模は1トンの生産業者から600トンまで幅があるが、平均すると50トンから100トンだろうと言う。
マガキの稚貝はフランスとイギリスから買う。この海ではマガキは産卵しない。水温が4℃から24℃であるので冷たすぎるのだ。
稚貝は親指の爪の大きさで、一つの網に600個から1000個入れる。二ヵ月後に二つの網にわけ、一年後に300個から400個の網にし、二回グレードアップする。勿論海によってこの間隔は異なる。大体18ヶ月から24ヶ月で育つ。
海の水質基準はAとBとがある。Aの海は20か所で後はBであるが一年中Bというわけでない。夏の2~3ヶ月がBであって、これは別荘・ホリディホームが多い期間のため、その期間がBとされる。水質の検査は北アイルランドでは12ヵ月ごと、共和国は6ヵ月ごとに行っている。
今後の方針は、アイルランドは観光立国を目指していて、観光としての海を利用しているので、これ以上養殖場は増やせない事情があるので品質を高めるしかない。そのためにはブランド化が必要だと感じている。ブランド化し単価アップを図りたい方針である。

牡蠣の価格

市場価格は養殖業者出荷でキロ当たり2.05ユーロ、日本円で297円。卸元はキロ当たり2.8ユーロ、406円。スーパーではキロ当たり5.6ユーロ、812円。一キロは約15個。従って養殖業者は一個約20円。卸は27円。スーパーは54円となる。
翌日の火曜日にダブリンの街中の魚屋によってみた。牡蠣価格を確認すると、一ダース6.95ユーロ×145円=1007円÷12個=84円となる。魚屋が一番高い。しかし、この魚屋は牡蠣が20個しかなかった。月火は入荷が少ないのだ。いつもはもっとあるらしい。魚も種類も少ないし鮮度が悪い。いずれにしても島国なのに魚は食べない国民だということとが魚屋の店頭実態から分かる。

牡蠣養殖の歴史

養殖組合から聞いたアイルランドの牡蠣の歴史。
17から18世紀に天然の牡蠣のネイティヴを採るようになり、場所としてはCARLINGFORDカーリングフォード、WATERFORDウォーターフォード、GALWAYゴールウェイ、CORKコーク、DONEGOLドネゴールの海で行っていた。因みにアイルランドが誇る歌姫エンヤは、このドネゴールが所属するアルスター地方(北アイルランド)のCROLLYクローリー生まれ。そこに今でも子どもの頃父親や兄弟と一緒にステージ立ったパブがあって、世界からエンヤのファンが集まってくるらしい。
さて、牡蠣養殖だが1960年代に衰退していった。1975年からゴールウェイのCARNAカーナでマガキの導入研究を行って、カーリングフォードの養殖場、これは見学したところだが、ここで養殖を再開し始め、1980年代の初期(1984年まで)には現存の養殖場の殆どが確立した。1990年代に年間生産量5~6000トンに達し今になっているとのことであった。

これで五回にわたったアイルランド編は終わります。

投稿者 kenkyuu : 14:39

2006年05月10日

アイルランド 第四回

世界の牡蠣事情・アイルランド第四回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

魚屋
ジョージ・ノーマン氏がオーナーのダブリン魚市場の、道路を挟んだ真向かいに魚屋が五軒並んでいる。その一軒を市場の社長に紹介され訪問する。行ってみると思いがけなく立派な店。案内してもらう。氷の上に魚がきれいに並んでいる。
左からレイザークラム(マテガイ)、牡蠣、ザリガニ、サーモン、タラ、タイガーエビ、タブリン湾のエビ、ツナ、マス、カレー、アンコウ、エイ、ステークタラ、ニシンの燻製が切り身で並んでいる。

その隣の台には魚が本来の姿のままで並んでいる。スズキ、タイ、タルボット(カレーの一種)、サバ、タコ、イワシである。魚が生きているように並べている。客も結構入ってくる。地元の客だけでなくタブリンから来るらしい。このあたりは移民が多いのでその人たちも来る。インド人、中国人など。客は一日中入ってくると言う。生粋のアイルランド人は肉が好きで魚はあまり食べないが、ここはその中でも魚好き人種が来るらしい。

魚屋の仕入れは前の市場からしている。訪問した魚屋のマネージャーが分厚い胸をそらして自慢げに教えてくれたが、ここ数年売り上げは伸び続けているらしい。アイルランド人は肉が好きではあるが、健康には魚がよいと知り始めたからだと言う。
アイルランド人は魚を生では食べない。蒸すか焼くかフライパンだ。魚を食べることはこれからが期待できる。というのもアイルランド人も景気がよいので外国に行き始め、そこで魚料理を味わってくる人が増えたから、徐々に魚を食べ始めたと言う。特に最近の客傾向として魚一尾をそのまま買う人が増えてきた。それは魚を怖がらなくなっているという証明だと強調する。だからこの商売は魅力的で将来性があると一段と胸を張る。その通りと思う。是非アイルランド人が自分達の国が海に囲まれているのだから、その地理的条件を活かして魚を食べて長生きして欲しいと思う。これは全日本健康倶楽部理事長でもある筆者からの期待である。

さて、牡蠣の話に戻るが、牡蠣の殻を一般人は開けられない。だからといって、この魚屋で開けて出すのは手間がかかるのでしない。そこでレストランに卸したほうがよいと思っていて、それで商売している。自分で牡蠣を開けて、家で食べるのは本当に少ないらしい。
今年は新しい企画としてバレンタインデーに、牡蠣が売れると思ってスーパーに提案し施策を組んだが、失敗だったと言う。牡蠣は売れなかったのだ。しかし、今後も挑戦していきたいと強調する。今までは魚屋とレストランと取引していたが、今後はスーパーに力を入れていくことで、一般の人たちに魚を食べることを広げたいのだ。とマネージャーは明るく前向きの姿勢である。期待しているとエールを送ってお別れした。

投稿者 kenkyuu : 08:24

2006年05月02日

アイルランド 第三回

世界の牡蠣事情・アイルランド第三回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

魚市場
ダブリン魚市場 DUBLIN FISH MARKETのオーナーのジョージ・ノーマン氏 GEORGE NOLANに会う。ダブリンから8㎞の港にある魚市場だ。
9;30に来いというので、随分遅いとは思ったが出かけ、着いてみたら競りは終わっていて、残った魚しか並んでいない。当然だろう。NYでもパリでも早朝3時にホテルを出発したのだから。何か連絡が悪かったのだろう。仕方ない。終わった競りは戻せない。

競りはあきらめてジョージ・ノーマン氏から話を聞くことにする。まずノーマン氏から尋ねられる。日本のシーフードショウで「URAウラ」さんという日本人と友達になったが、その人を知らないかと聞かれる。当然知らない。
ここの市場の年間扱い高を聞くと結構大きい。大したものだ。こんなに小さな魚市場でよくやっている。とにかく建物一つだけの市場だから。今まで見たパリとNYとは比較ができないくらいローカル規模なのに立派だ。
ここから魚を出荷するのはメインがスコットランド、フランス、スペインで次にアイルランドである。
ところで牡蠣がないので、どこにおいてあるのかと聞くと、扱っていないと言う。驚いた。理由を尋ねるとマーケットが小さすぎるからだと言う。牡蠣がない魚市場であった。完全に当てが外れた。
市場は毎朝6;30から競りを行う。ただし明日は6時。魚の入荷量で時間は変わる。魚は前日に市場に入って、冷蔵倉庫に入れておき朝に出す。扱いの種類は海魚が三分の一、スモークサーモンが三分の一、その他として冷凍のカニ、エビなどが三分の一である。
競りには50~60社が参加する。直接この市場に来る会社と、メールと電話でやり取りするところになる。このほかにレストラン・魚屋が20軒ほどある。これも電話で取引する。
アイルランド人の魚好きは1人で年間7~8kg食べるが、自分は80kg食べると言う。
ここの経営は12年前から始まった。昔ボストンで魚を扱っていた。その後ファミリー企業で仕事していたが、漁師がこのような市場を作ってくれという要望があったので、引き受けた。こういう市場はアイルランドに12ヶ所ある。規模はそれぞれの港の大小で決まる。
アイルランドで獲れる魚類は海老が多く全体の50%で、後はニシン、サバ、白身の魚だ。魚の種類は少ない。これでは日本食の刺身は日常提供するのが難しいだろう。だからダブリンに日本食レストランは少ない。二軒あるらしいが、どこも日本食というより「日本食もどき」という感じらしい。行かない方がよいと地元の日本人は言い合っている。

投稿者 kenkyuu : 09:17

2006年04月16日

アイルランド 第二回

世界の牡蠣事情・アイルランド第二回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


続・牡蠣養殖場
作業は大陰暦だ
カーリング入江の長身の若い社長が説明してくれる。仕事をするには、前提として月の動きで潮位をまず計算する必要がある。日本で言う昔の大陰暦だ。実際の牡蠣養殖棚は浜辺から二キロ先。もうそこは海水が満ちてきているので、今は棚のところにいけない。その棚で3年間牡蠣を置き大きくしてから、浜辺から一キロ以内の棚に移す。一キロのところは8時間潮が引く。棚のところは2時間。6時間の差が牡蠣を大きく育てる。

稚貝はフランスのアルカッションから買う。この海は冷たいのでマガキは産卵しない。養殖の網の取替えは一年ごとに行う。4センチのとき、9センチのとき、12センチのときである。売り物するかどうかの判断は重さで90g以下・以上で決める。

養殖場は20ヘクタール
海の権利はライセンス制。国の水産庁の許可制。この会社は20ヘクタール許可受けている。牡蠣生産量は150万個から200万個。今年は生産順調だ。販売先は英国が50%、アイルランドが25%、香港が10%、フランス他が15%。アイルランド国内の販売先は近くの町のレストランやホテルに出している。
牡蠣の味の特徴はお客さんが決めるものだが、あえて言えばここの牡蠣はビューティフルでハッピーだ。牡蠣は人手と時間がかかり、面倒見ることが大事だ。手間によって牡蠣は変わる。最高の条件でつくっているつもり。心がけ次第だと言う。
マガキに対して、ブロンの価格は二倍だが、手間が二倍かかることと、病気になりやすいということでリスクが大きい。他の養殖場でも病気が発生している。だからブロンは少なく生産している。

浄水施設の水
そのようなことを聞きながらトラクターに乗って浜辺に戻る。いつも思うことだが、ファームという表現。海の農夫。海の中をトラクターで仕事する。日本では考えられない作業方法だと思う。
事務所のある小屋の中は作業場も兼ねていて、そこに浄水施設もある。出荷前に牡蠣を作業場内の水槽に入れるのだ。水槽の海水は満潮のときに、作業場の前にある元石切り場の後の穴に海水が溜まるので、それを利用している。海水が汚れているのではないかと、身を乗り出して覗き込むと、社長が「大丈夫。この海はきれいだ。海水が緑色になっているのは栄養がある証拠だし、水産庁が毎週水質検査している」と質問しないのに答える。
ここからパイプで運んできて、その水に紫外線を当ててから水槽の中に流す。これに二日間入れると牡蠣は泥を吐く。隣の水槽は水を流してあったが、下に泥が少したまっている。これが牡蠣の吐き出した泥だと説明受ける。

販売方法
販売先はほぼ決まっているので、事務所にいる妹が電話で注文取るだけだ。チラシも会社案内もHPもつくらない。電話だけで商売する。アドレスを書いた名刺もないので、紙にアドレスと名前をアウトプットしてもらう。それを見ると住所と電話とFAXだけ。メールアドレスは勿論記載無し。
牡蠣養殖業を始めるのに免許はいらない。従業員は男四人、女三人、それと社長の奥さんが経理している。
最後に浄化槽の中から取り出して、マガキとブロンを食べさせてくれる。とても冷えていて味が締まっている。噛み締めているとジワーとカーリング入江の味がしてくる。アイルランドの牡蠣も美味いと思う。

投稿者 kenkyuu : 14:48

2006年03月30日

アイルランド 第一回

世界の牡蠣事情・アイルランド第一回
世界牡蠣研究家 山本紀久雄

アイルランドは急成長国
世界の牡蠣事情も、とうとうアイルランドまで広がってきました。
牡蠣の内容に入る前に、牡蠣生産量世界第10位のアイルランド国全体概略をお伝えしたい。
アイルランド共和国は人口400万人。首都ダブリンは110万人。国の面積は7万平方キロ。北海道とほぼ同じくらい。ここ10年間の経済成長は著しい。最近七年間で平均10%成長。政府財政は大幅な黒字。税金も安い。不動産は高騰している。

経済がよくなったのは、1973年にEUに加盟し助成金を受け、諸政策を進めたことによる。それはまず教育に力を入れ、次に外国企業誘致を図り、法人税率をたったの10%にした。島国であるから工業製品の輸出にはコスト高となって、本来農業国なので低迷していた。そこでハイテク産業、製薬業、医療機器、金融サービスに力を入れた結果が今日の隆盛である。ヨーロッパのシリコンバレーと呼ばれている。
経済成長した一方、労働力が不足してきたので、外国人を受け入れている。ポーランド人、中国人、フィリッピン人、インドネシア人、これらの人はサービス産業に従事している。レジ係り、レストラン、ホテルなど。

政治は安定、第一公用語はゲール語
政治は安定。フィァナ・フォール(共和)とPROGRESSIVE DEMOCRAT(進歩民主党)が与党でここ13年くらい政権を握っている。二大政党としてフィネ・ゲール党がいるが、これも保守系である。他にも政党はある。シンメフェイン党(北独立主張)、労働党、グリーン党、その他に二つ、合計8党あるが、その中で首相として特に長かったのはチャールズ・ホーフイー首相であり、1989年に日本を訪れている。
牡蠣養殖場を訪問するために、国道一号線を車で北へ向かう。目指すのはカーリング入江 CARLINGFORD LOUGHである。国道一号線をこのまま走っていくと、北アイルランドに入る。北は英国領だが国境線に検問所はない。自由に行き来できる。定期バスが北へ行き、再び共和国側に戻ってくる。アイルランドには公用語が二つある。一つは英語。もう一つはゲール語。ゲール語の方が第一公用語である。ゲール語はケルト人の使った言葉。道路標識も二つの言葉が書いてある。空港内の表示も同じ。

警官のチェックを受ける
自然は山並みと高原と牧場と畑が続いている。山はあまり高くない。高くても1000m程度。なかなかよい景観だなぁと、のんびりと窓の外の風景に見とれていると、突然目の前にポリスの車が入ってきて、止まれと合図する。何事か。何か事件か事故か。わけが分からないが止まれというので停車する。ポリスが窓外からパスポートを見せろという。渡すとしげしげと見た後で返してくれる。どうやら日ごろ見かけない人種が、北方向に走っているので不振がられたようだ。ここにもまだ北アイルランドの独立闘争の戦いの後が残っている。無事ポリスから解放されて、再びカーリング入江を目指す。
牡蠣養殖場のあるカーリング入江 CARLINGFORD LOUGHは、ダブリンから約100km北方向に位置し、車で一時間半かかる。


牡蠣養殖場に向う
さて、これからアイルランドの牡蠣養殖事情についてお伝えしていきたい。
アイルランド人は海に囲まれた島国なのに、魚は余り食べない。肉類が好み。牛、羊、豚、鶏肉をよく食べる。野菜はジャガイモが主食。寿命は男女とも日本より五歳程度引いたくらいだから、それほど短命ではない。アメリカよりはデブは少ないように感じる。
その魚をあまり食べないアイルランドの中で、牡蠣を商売にしているのだからいろいろ難しい問題もあるだろうと思う。そんなことを考えていると、ようやくオイスターファーム(養殖場)に着いた。
カーリング入江の海沿いの狭い道を入っていくと、小屋を少し大きくしたような事務所があり、そこから若い女性が出てくる。これがとても愛想よい。長身。見方によれば美人。人をそらさない対応だ。
ここは1974年に父が牡蠣の養殖を始め、今は長男が継いでいて、その妹がこの愛想の良い女性だ。父はオランダから来た。

トラクターで牡蠣養殖
この女性が説明してくれる。牡蠣のグレードはサイズで決まる。スモール、ミディアム、ラージ、エクストララージの四種類。牡蠣の種類はマガキとブロンの二種。マガキは日本から来たもの。ブロンはネイティブという。OSTREA EDULISと資料にある。この湾では三つの牡蠣会社が養殖している。潮位は3.5mから5mある。
という説明を、貸してくれた超特大のブカブカ長靴を履いて歩く、というより引きずって浜辺にたどり着きながら聞いていると、急に止まって指を指し、遠く向こうに見えるのが社長だから、ここから潮の引いた海の中を自分で歩いていってくれとウィンクする。自分の担当はここまでなのだ。
潮が引いた海底を500メートルくらい歩くと、向こうから長身の若い男性、これが社長だが現れる。今日は三日月だから大潮であって、朝六時半から九時半まで仕事するのだという。時間はちょうど九時半。十時以後は海水が満ちてくるので、これから陸に上がる。トラクターで移動するので後ろに乗れという。今来たばかりだから少し説明をして欲しいと要望する。
ここで第一回目が長くなったので、続きは次回にしたい。

投稿者 kenkyuu : 14:50

2006年03月13日

ロンドン 特別編

世界の牡蠣事情・ロンドン特別編
世界牡蠣研究家 山本紀久雄


オイスターバー

オーナーはカミラさんの元旦那と兄弟
今回は特別企画としてロンドンの著名オイスターバーへ皆様をご案内したい。ご案内するのはGREEN’Sのゼネラル・マネージャーのマーク・ハリー氏MARK HARRISである。GREEN’SはDUKE STREET ST.JAMES‘Sにある。
マーク・ハリー氏はまだ若い。イギリス人らしい態度で人をそらさない応対をする。そうだろう一流店を任されているのだから、接客能力が高いのだろう。店内のテーブルに座って説明を受ける。
この店のオーナーはSIMON PARKER BOWLES氏。1982年オープン。オーナーの兄弟はカミラさん、チャールズ皇太子の奥さんの元旦那のANDREW PARKER BOWLESである。

1982年にオープンした。伝統的な英国料理である。素材を活かした楽しみの料理で、シンプルな素材味が売り物。ランチタイムには近くのビジネスマン、金融関係と画廊関係が多く、いわばニューマネーとオールドマネービジネス客で一杯になる。
ディナーは近くのホテル宿泊のツーリストや金融関係商談ビジネスマンが多い。日本人も来る。亡くなった皇太后や、アン皇女、マーガレット・サッチャーも来て筆者の座った席にいつも座る。勿論昔の関係でカラミさんもくる。俳優ではキャサリン・ターナー、シェリー・テンプル。残念なことにサッチャーは牡蠣を食べないらしい。

牡蠣は2種類
さて、メニューの牡蠣は二種類である。OSTREA EOULTSこれはNATIVES。もう一つはCRASSOSTREA GIGASで、これはROCKという。従ってネイティブとロックオイスターの二種類である。ロックオイスターはパシフックオイスターともいう。ネイティブはフランス牡蠣ブロンのこと。ロックオイスターはマガキのこと。
ネイティブという意味はイギリスで産卵し育てたという意味である。ロックオイスターは他国から稚貝を輸入し育てたもの。ネイティブはRのつかない5月から8月は扱わない。身の中で卵が膨らんで美味くないからという。Rのつく9月から4月まで扱う。このR思想をロンドンの著名オイスターバーで聞くとは思わなかった。R神話は美味いとか不味いの問題ではなく、牡蠣資源の確保から言われだしたことであって、今は消えていると思っていた。しかし、ここではR神話が残っていた。
仕入先は二ヶ所。毎日配送してくる。昨夜の6時に注文して今日の朝8時につく。
ネイティブの方が人気ある。ただし絶滅寸前との話。こちらではナンバー2といっているネイティブ100gの10年物が一番人気。9月1日の解禁日に必ず来るお客さんが昔いた。6ダース食べてワインを飲んでシャンペインでデザートして300£支払っていく。ここ数年来ないので亡くなったかもしれない。

店長が牡蠣剥きする
このマーク・ハリー氏は、シェフの見習いもしたことがあるということで、自ら牡蠣を開けてくれる。なかなかうまい。巧みに開ける。ロックは貝柱に近い横から。ネイティブは蝶番の方から開けて貝柱を切り取る。殻を開けたら反対側にする。見栄えをよくするためだ。内臓の方を裏側にする。以前ブリッセルでEU会議があり、そのとき1人で600個開けた経験がある。3時間かかった。ロックの方が難しい。ネイティブの方が簡単だという。反対ではないかと言うと、違うという。開け方の修業は当店のエカイエ、イギリスではエカイエという名称があるかどうか分からないが、ペルー人のペペPEPE ESPINOSA UALERIOに習ったと言う。ペペは100個を開けるコンクールで優勝した。オイスターバーとして超有名な、同じロンドンの直ぐ道路一本向こう側を入ったところに位置しているベントリーBENTLEY‘S、ここが主催するコンテストでペペが優勝した。ペペは世界記録の7分32秒の記録を持つ。ここで優勝するとアイルランドの世界大会に出場する。

価格は品川と同じ
当店の価格はロックが6個で10£、一ポンド210円で2100円÷6=350円。ネイティブは6個で16£。3360円÷6=560円。東京品川のNYグランドセントラル直営のオイスターバーでは、ブロンは一個480円、オリンピックミヤギが一個450円だから、ロックとネイティブの平均とると一個あたりの価格はほぼ同じだ。
客は9月が特に多い。ネイティブの解禁日だから。1人で6個から6ダースの人もいて幅がある。牡蠣はロマンテックな効果がある。デイトの前に食べるとよいと強調する。
イギリス人は牡蠣を食べるとあたると思っている人が多い。だから明日も明後日も休んでよいと思うときは牡蠣を食べるが、そのほかのときは食べない。勇気がないと言う。マーク・ハリー氏同じアパートに住んでいる女性の例だが、この女性が牡蠣にあたってそれ以来牡蠣は食べていない。そこで素面のときに冷静に説得し、改めて牡蠣を食べてもらったらお腹は壊さなかった事例がある。牡蠣は新鮮なものを食べればあたらないのだ。その通りと思う。自分の経験でよく分かる。

牡蠣にはムスカデ
ワインはムスカデが合うと言う。牡蠣にはレモン、胡椒、タバスコ、エシャロットソース、これはみじんきりにしたエシャロットとガーリックと白ワインビネガー、赤ワインビネガーにリンゴを入れて作る。
さて、マーク・ハリー氏が開けた牡蠣がでてくる。レモンはガーゼで包んである。種が落ちないようにしているとのこと。おしゃれだ。マーク・ハリー氏はエシャロットソースをたっぷりかけて食べる。ネイティブは10年もの。ロックは4~5年もの。ワインはムスカデ。こちらもマーク・ハリー氏を見習って食べてみる。なるほど評判だけの味である。NYやパリに負けていない。

ウェイターは王子と同級生
マーク・ハリー氏はこの仕事に情熱を持っている。食事のことなら何時間でも話していられる。他のことはダメだが、と言う。情熱を持っていればいつも元気だとも言う。
そこへ新人のウェイターが皿を下げに来た。するとマーク・ハリー氏がその新人ウェイターを紹介してくれた。他のウェイターは紹介しないのに妙だと思ったら、この新人はイートン校を卒業したばかりの21歳で、ハリー王子と同級生だという。さすがにロンドンの一流店はウェイターまで違うと感じたGREEN’S体験でした。

投稿者 kenkyuu : 14:36

2006年02月19日

アメリカ東海岸 第三回

世界牡蠣研究家 山本紀久雄

牡蠣養殖場
牡蠣の取材に必要な条件は早起きということだ。寝坊の人は牡蠣には向かない。
牡蠣が早起きであるか分からないが、漁業関係者は皆早起きで、魚を相手に仕事しているのだから、多分、魚も早寝早起きなのだろうから牡蠣も同じはずだ。

そこで、今日もホテルを朝四時に出発する。行く先はNYから44マイル・70km離れたコネチカット州CONNECTICUTのノーウォークNORWARKの町である。
ここで一番大きな牡蠣養殖業の社長に海の現場を案内してもらうためだ。
今年のNYは暖冬といっているが、早朝の風は身を切るような冷たさである。今回も始めて訪問するとこであり、薄暗い中で、カーナビが機能しない車であるから、この社長の会社NORM BLOOM & SONを探すのに手間取った。
しかし、何とか六時前につく。約束の時間は六時でまだそこまで20分近くあるので待っていると、一人のひげ面のおじさんがコーヒー片手に歩いてきた。聞いてみるとこの会社の社員。会社の中に入れてもらって雑談していると、大柄の正に海の男という感じの人物が現れた。この人物もコーヒーを持っている。この人が案内してくれる社長である。
すぐに船にのせてくれるかと思ったら、自分が手造りで船を作っている作業場を案内し始めた。これが外であるから寒い。ここでよく分かったことは、日本からこのときのために大事に持参したホカロンが全く効果を発揮しないという事実である。寒すぎるのである。
海に面した波止場の設備についての案内はまだ続く。早く暖かい船の操縦席に行きたいのに、大男は自慢の工事中の建物に連れて行く。二階に上がるとゲストハウスを作っているところである。ここがバスルーム、こちらがリビング、いかにもそこに完成した後の楽しみを見出しているかのようなガイド振りである。
これがようやく終わって、船の方向に歩き出したので寒さから逃れられかと思い、自然に足は速くなる。

牡蠣養殖船
朝の六時半。とても寒い。冷え込んでいる。靴底が冷たい。息子は19歳で、別の船で出航した。船には操縦者以外に四人乗っている。四人は顔つきが中南米人。聞くとホンジュラスから来ているという。正規もいるし不法もいるらしい。皆同じ村で親戚一族という。
社長と一緒に船に乗る。船は1924年製造。トン数を尋ねるとちょっと困った妙な顔をして、操縦室の後ろの扉から船の許可証を取り出して教えてくれる。31t。いままでトン数などを質問受けたことがないのだ。操縦免許はいらないらしい。
ここでの牡蠣の獲り方はイギリス植民地の時代から同じ方法で行われている。地蒔き式である。筏も棚も使わない。ただ海底に牡蠣を置いておくだけの方法。シンプル、昔からの方法だ。
牡蠣養殖は1970年に親から引き継いで始めている。毎年稚貝の獲れる量が異なるという。72年73年は豊作だった。70年代の終わりは減少した。80年代後半に二回大豊作があった。豊作に当たったらラッキーだ。しかし、自然が相手のエコサイクル業であるからその年によって変化する。
この海は川から流れる水が多く、水温が低いのでよい牡蠣が獲れる。牡蠣とハマグリの両方獲る。ハマグリで日常費用は賄い、牡蠣は余分だとウインクする。
ようやく船のエンジンが温まったので出航する。操縦席に入る。パソコンを肩のバックから取り出してハンドル先に設定する。画面が出始めるが遅い。光ファイバーでないので時間がかかる。GPSから受信し現在地を表示する。海には竹の先に赤印をつけた棒が一直線に並んでいる。これがグリッド区画の境を示している。海図をみると、その区画ごとに名前が書いてある。権利所有者の名前である。ようやくパソコンが作動し七時に出航。とにかく寒い。足裏が痛い。30分行くと、今日の目的区画の170に到着する。
到着したところの海底は砂地だが、区画ごとに海底はすべて異なる。岩があったり変化している。石と砂のミックス。理想的な海底はある程度の深さがある砂地のところ。底が硬くてある程度の厚みがある砂地だ。区画79の海底は大きな岩が両サイドにあって、その間に大きな牡蠣が育つよい海底だと説明受ける。

牡蠣を海から掬う
区画170の水深は操縦席で表示される。見ると20.6フィート(6.2m)から19フィート(5.7m)。いよいよ牡蠣すくいの機械を船の両側から海に入れる。船は止まっているかと思うほどの動きで旋回している。機械を引き揚げると、その中に牡蠣が一杯詰まっている。それを四人が待つテーブルの上に開いて落とす。牡蠣がテーブルの上に広がる。すると四人かの手が独楽鼠のように動き出す。大きさを瞬間に測ってかごに入れる。かごは三つ。ひとつは売れるもの。ひとつは小さいもので海に戻す牡蠣。もうひとつは殻だけのもの。これは足元に置く。この三つに分ける作業を続ける。ある程度牡蠣の山がなくなると操縦席で操作する機械が牡蠣を運んで、それをテーブルの上に開いて落とす。これが何回も続く。九時過ぎまで作業が続き、そこに息子ジミーの船が来る。息子の船から牡蠣を移す。殻のものも移す。その作業が終わると息子は次の区画に移動する。次はハマグリを獲るらしい。スピード豊かなリズム感ある連続作業である。船の上は寒いだろう。水仕事だ。だが、作業を始めると上のコートを一枚脱いでいる。暑いのだろう。五月以降の牡蠣はぶよぶよしている。今が一番うまいという。食べたいというと作業員が牡蠣を洗って操縦席の社長に手渡し、社長はペンチで蝶番のところを砕き、ナイフで貝柱を切って牡蠣を開け、こちらによこす。食べてみる。冷たい。味は素直。シンプル。口の中にいやみがない。自然の感触。やはり海から直接の牡蠣はすばらしい。満足する。

自然を大事に
ジミーから受けた小さい牡蠣とこの船で引き揚げた小さい牡蠣、まだ市場に出せない牡蠣を79区画に持っていき海に落とす。こうやって大きくなってから獲るのだ。筏も棚も必要なしの自然養殖。すごい。理想的と思う。昔からの方法。79区画に戻したのは多分9000個だろうという。一袋にいくらはいるかで分かるのだ。
船の上では大きい牡蠣を水で洗って、といっても水は汚れていて、その中にちょっとつけるだけだが、その牡蠣を市場に出す紫色の袋に入れる。これで牡蠣の出荷準備は完了する。簡単といえば簡単。シンプル。きれいには磨かない。だからレストランで一度洗うのだろう。この出荷する相手は市場で、NYフルトン、ボストン、マサチューセッツ州などに送るが、直接レストランに送る先も数軒あるという。
社長がつぶやく。「牡蠣はつくるもでない。自然という母親が育ててくれるも